海外でもロングセラーを続けるオリエント時計オリエントスター

オリエントORIENT

オリエントスターOrient Star クラシック -You Tube動画

1951年誕生のオリエントスターORIENT STAR

「オリエントスター」は、1951年の誕生以来、
ロングセラーを続けるオリエント時計の代表的なモデルです。
デザイン、部品、製造、それらすべての点で”輝ける星”と
呼ばれる機械式時計を作りたい、そんな職人たちの願いが
「オリエントスター」の名には込められています。
オリエント時計の象徴とも言える機械式ムーブメント「46系」。
その誕生は1971年に遡ります。以来、基幹キャリバーとして生産を続け、
最盛期には月産で50万個を達成。これまでの総生産量は1億個を突破しています。
単一のキャリバーで、これだけ長く生産されているものは、
世界中探しても極めて稀なのではないでしょうか。
そして、1996年には機械式ムーブメントならではの「パワーリザーブ機能」。
その後、「ワールドタイム機能」、「GMT機能」を順次リリース。
今日に至るまで、持つ方の興味をそそるような機構を付加すべく、
開発を継続してまいりました。
「星はまわり続ける」
輝ける星はこれからも、皆様の腕元を輝かせるべく、まわり続けます。

引用元-−- Orient Star | オリエント時計

オリエント時計の概要と歴史

かつてはウォッチ専業メーカーであったが、プリンタ事業や電子機器事業に進出し、2008年3月期には連結売上高の7割近くが時計以外の事業によるものとなっている。
ウォッチの分野では、機械式腕時計が全盛だった1970年代前半まで、独特のセンスによる強烈なデザイン[2]の腕時計を世に送りだしていた。1970年代にはクォーツ時計の比率を高め、アラーム腕時計「デジタル三世」、低価格腕時計「デジタルエース」などのヒット商品を生みだした。一時は機械式時計の開発を行わなくなったが、1990年代末には機械式時計ブランドの「オリエントスター」を復活させた。安価だが比較的精度の高い機械式ムーブに特徴のあるデザインや、ぜんまい残量を示すリザーブメーターを付けた事から次第に売り上げを伸ばし、2000年代前半には普及機から高級機まで機械式時計のラインナップを揃えた。2004年(平成16年)には1960年代の薄型自動巻ムーブを元に新規の自動巻ムーブを開発し、フラッグシップブランドである「ロイヤルオリエント」を復活、2007年(平成19年)時点では比較的単価の高い機械式時計が主力商品となっており、クォーツの比率は低くなっている。
1978年(昭和53年)にはクロックメーカーの東京時計製造株式会社を買収し、クロック分野に進出したが、後に撤退している。
1980年代はイメージキャラクターにアイドル歌手を起用しており、岩崎良美、中森明菜、WinkらがテレビCMに出演していた。
引用元-−-Wikipedia

東洋時計からオリエント時計へ

東洋時計株式会社[編集]
(1901年(明治34年) – 吉田庄五郎により、下谷区上野元黒門町(後の台東区上野二丁目)にて吉田時計店が創業される。)
1920年(大正9年) – 東洋時計製作所として設立され、置時計の製造を始める。
1934年(昭和9年) – 腕時計の製造を始める。
1936年(昭和11年) – 南多摩郡日野町(後の日野市)に工場を新設する。
戦時中 – 社名を変更し東洋兵器工業株式会社となる。後に東洋時計株式会社へと社名変更する。
1946年(昭和21年) – 労働争議(東洋時計上尾争議)が勃発し、1名が死亡、100名以上[3]が負傷する。
後に東洋時計は事業を停止する。
オリエント時計株式会社[編集]
1950年(昭和25年) – 南多摩郡日野町にて設立される。当時の社名は多摩計器株式会社。東洋時計の日野工場を借り受け、腕時計などの製造を始める。
1951年(昭和26年) – 社名を変更し、オリエント時計株式会社となる。
1952年(昭和27年) – 借り受けていた日野工場が公売にかけられたため、これを落札して自社所有とする。
1953年(昭和28年) – 本店を中央区へ移転する。
1956年(昭和31年) – 本店を千代田区へ移転する。
1961年(昭和36年) – 東京証券取引所第2部に上場する。
1976年(昭和51年) – イメージキャラクターに千葉真一を起用したCMや広告を展開し始める。
1978年(昭和53年) – 東京時計製造株式会社の株式を過半数取得し、子会社とする。
1981年(昭和56年) – 子会社として羽後時計精密株式会社(後の株式会社ユーティーエス)を設立する。
1984年(昭和59年) – 東京時計製造を清算する[4]。
同年 – セイコーエプソン株式会社との合弁により株式会社ソーテックを設立[5]し、IC組立事業に進出する。
1986年(昭和61年) – 子会社として秋田オリエント精密株式会社を設立する。
1997年(平成9年) – セイコーエプソン株式会社に対する第三者割当増資を行い、同社が筆頭株主となる。
1998年(平成10年) – 株式会社ソーテックをセイコーエプソン株式会社へ譲渡する。
2001年(平成13年) – 本社を千代田区の本店所在地へ移転し、日野事業所から撤退する。
2001年(平成13年) – セイコーエプソン株式会社に対する第三者割当増資を行い、52%の株式を取得した同社が親会社となる。旧日野事業所は同社が引き取った。
2003年(平成15年) – 3期連続で債務超過の状態が続いたため、東証2部を上場廃止となる。グリーンシート銘柄として登録される。
2008年(平成20年) – セイコーエプソン株式会社が株式公開買い付けを実施。
2009年(平成21年) – セイコーエプソン株式会社の完全子会社となる。グリーンシート銘柄登録取消。

引用元-−-Wikipedia

2015年4月にはオリエントスター エレガントクラシックが発売

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「オリエントスター」は、1950年の創業と同時に“輝ける星”をイメージに開発された、本格派機械式時計です。登場以来、多くの本物志向の方から愛されてきた、時代の流れに左右されないシンプルなデザインと機能が人気のシリーズです。「オリエントスター」は「コンテンポラリースタンダード」と「クラシック」の2つのラインから構成されており、中でもクラシックラインは、時代の流れに左右されないシンプルなデザインと機能美をコンセプトに、多くの方々からご愛顧いただいております。

このたび発売する『オリエントスター エレガントクラシック』は、違いの分かる“大人”をターゲットに、洗練された現代版クラシックをデザインテーマに、さりげないこだわりで細部にいたるまでディテールを作り込んだモデルです。

文字板には、現代的で上品な型打ち文字板一杯に配した、クラシカルで特徴的な時分針を採用。光沢感のあるしっとりとした仕上げの専用型打ちのダイヤルに、ローマン・インデックスをバランス良く配置しました。さらに両球面サファイアガラス(内面無反射コーティング付)文字板をすっきりと見せてくれます。

ケースデザインは緩やかな球面のガラスと猫足形状が、普遍的なデザインに一層上品でクラシックな印象をあたえています。ケースサイズは約39mmの使用シーンを選ばない使いやすいサイズとし、現代版クラシックウォッチとして、本物志向の大人の男性にぴったりのモデルに仕上げました。

引用元-−-オリエント時計株式会社のプレスリリース

世界で活躍するオリエント海外CM -You Tube動画

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