女性人気常に上位 カルティエCartier腕時計

カルティエCartier

カルティエCartier Shape Your Time  -YouTube動画

カルティエ腕時計の中でも女性人気の高いパシャシリーズ

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【カルティエ パシャについて|ABOUT CARTIER PASHA】
モロッコ・マラケシュのパシャ(太守)、エル・ジャウイ公がプールでも着けられる時計をと発注したのが起源。ラウンドケースにチェーンで繋いだねじ込み式のリューズプロテクター、剣型の針に3・6・9・12のアラビア数字、エレガンスを追求した防水時計が1943年に完成したと言われる。
それから約40年、1985年にバーゼルフェアで発表された市販の初期デザインは現行とほぼ遜色ないほど完成度が高く、ドレッシーでありながら100mの防水性能をもち、独特なインパクトを放った。10周年目の1995年にはオールステンレスの”パシャC”をリリースし、GMT機能も搭載した”メリディアン””パシャC クロノグラフ”等、バリエーションモデルを拡充。2001年にはプラチナベゼルにギョーシェ細工を施したブラックフェイスの”パシャNo950”を発表し、ジュエラーらしい威厳を発揮。2006年には、40.5mmと従来よりサイズアップした”パシャ シータイマー”をリリースし、カボションにはブラックオニキスを使用するなど、当初のエレガントな防水時計というコンセプトを再燃させる。
近年では42mmのパシャや、トゥールビヨンモデルまで誕生するなど、その歴史に彩りを与えている。

引用元-−-かめ吉 | 公式通販サイト

「Jeweller of kings , king of jewellers」王の宝石商と言われる名門ブランドの歴史

1847年にルイ=フランソワ・カルティエが、師のアドルフ・ピカールからパリのモントルグイユ通り29番地のジュエリー工房を受け継いだことからカルティエの宝石商としての歴史が始まる

1904年には英国王エドワード7世およびスペイン国王アルフォンソ13世の御用達となり、のちにエドワード7世から「王の宝石商」と呼ばれ、現在に至ってもイギリス王室とは深く繋がっている

同年にヨーロッパ初の飛行機製作者となるアルベルト・サントス・デュモンから飛行中でも操縦桿から手を放さないで時計を見られるようにと依頼されてレザーストラップの腕時計をデザインする

サントスウォッチと呼ばれ一般用量産腕時計としては世界初となる

1847年 – フランス人宝石細工師ルイ=フランソワ・カルティエ、師のアドルフ・ピカールからパリのモントルグイユ通り29番地のジュエリー工房を受け継ぐ。
1853年 – パレ・ロワイヤルにほど近いヌーヴ・デ・プティ・シャン通り5番地に、個人顧客を対象としたジュエリーブティックを構える。
1859年 – イタリアン大通り9番地に移転する。ウジェニー皇后が顧客となる。
1872年 – ルイ=フランソワ・カルティエ、息子のアルフレッド・カルティエを共同経営者に据える。
1898年 – アルフレッド・カルティエ、息子のルイ・カルティエを共同経営者にする。社名を「アルフレッド・カルティエ&フィス」に変更。
1899年 – ラ・ペ通り13番地へ移転。
1900年 – 長年の研究によりプラチナ使用によるガーランド様式が完成。
1902年 – ロンドンのニュー・バーリントン通り4番地にロンドン支店を開店、ルイの弟ピエール・カルティエが経営を任される。
1904年 – 英国王エドワード7世およびスペイン国王アルフォンソ13世の御用達となる。ルイ=フランソワ・カルティエが死去。ルイ・カルティエがアルベルト・サントス・デュモンのためにレザーストラップの腕時計をデザインする。
1905年 – ポルトガル国王カルルシュ1世の御用達となる。
1906年 – ジャック・カルティエ、ロンドン支店の経営を引き継ぐ。ルイとピエールとで共同経営を開始、社名を「カルティエ・フレール(兄弟)」とする。「トノーウォッチ」を作製。
1907年 – ロシア皇帝ニコライ2世の御用達となる。
1908年 – シャム国王ラーマ5世の御用達となる。
1909年 – ロンドン支店がニュー・ボンド・ストリート175-176番地に移転。ピエールがニューヨークの5番街712番地にニューヨーク支店を開店。
1917年 – ピエールがモートン・F・プラント邸を最高級真珠の2連ネックレスと交換し、ニューヨーク支店を5番街653番地へ移す。
1921年 – のちのエドワード8世の御用達となる。
1925年 – アルフレッド・カルティエ死去。
1941年 – ジャック・カルティエ死去。
1942年 – ルイ・カルティエ死去。
1945年 – ピエール・カルティエがパリおよびニューヨークの経営責任者となる。ジャック・カルティエの息子ジャン=ジャック・カルティエがロンドンのカルティエを引き継ぐ。
1964年 – ピエール・カルティエ死去。
1974年 – 日本で初めてのブティックが原宿・パレフランス2階にオープンする。
1979年 – 事業再編成が行われ、カルティエ・パリ、カルティエ・ロンドン、カルティエ・ニューヨークの親会社として、カルティエ・モンドが設立される。ジョゼフ・カヌイがカルティエ・モンドの社長に任命される。
1984年 – カルティエ現代美術財団が設立される。
1993年 – リシュモンの傘下に入る。
2003年 – シャンゼリゼ大通り154番地にブティックを開店。

引用元-−-Wikipedia

カルティエと豹パンテール

カルティエの時計やジュエリーには動物がデザインされていることが多く特に多いのがこのフランス語で豹を意味するパンテール

カルティエにはこの豹がよく似合う

メゾンを象徴する動物、パンテール(豹)は、1914年にカルティエのジュエリーとして登場しました。時代の先駆者だったルイ・カルティエが、この伝説的な動物を飼い馴らし、ジュエリーという檻に閉じ込めたのです。そして彼のパートナー、ジャンヌ・トゥーサンがパンテールを鮮やかに彩り、ジュエリーへと昇華させたのです。圧倒的な存在感。孤高の気高さ。官能的なしなやかさ。ブレスレット、ブローチ、イヤリング、ロングネックレス、腕時計に姿を変えたパンテールは、さまざまな表情を見せてくれます。

引用元-−-Cartier公式

BALLON BLEU DE CARTIER -YouTube動画

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